スタッフ日誌

初情スプリンクル公式SS第3話後編<近江谷宥>

2019.05.29 UpDate

-公園-

 みしり、と枝葉がきしむような音が頭上から降ってくる。
 カラスでもとまったのか。あるいは強い風でも吹いたのか?
 見上げて、確かめることなど混乱の渦に飲み込まれようとしている『彼』にはできない。
 一体、何がどうなって――
「……意地悪なさらないで」
 テレビの住人とも言うべき美しすぎる経営者であり『暴食』の魔女。杭杉田華世が……宗太の腕の中で身を縮め。
 きゅっと胸元を握り締め、乞うような濡れた眼差しで見上げてきているのか。

 宗太は熱で蒸発しそうな頭の隅で考える。
 これまでの時間を紐解く。

 静かなところに行きたいとねだる彼女の手を引いて公園までやってきて……。
 その後はロクに会話もなく、気付けば胸いっぱいに彼女の体温を感じていたという感覚だ。

 確かに、とは思う。

 校門を出るまではスケベ心でいっぱいだった。
 おっぱいを揉むくらいはすでに獲得済みの権利として、お口キスくらいまでは折り込み済み。
 出したり入れたりまでありえると思っていた。
 しかし、改めて彼女に触れ――

 まだ、早い。少なくとも今ではない。

 心がそう感じたはず。

 昨日、『吊橋効果』などと羽月が口にしていたが、それもまんざら的外れではなかったのかもしれない。
 彼女は魔力ブーストがかかった宗太の暴風にも似た求めに揺れて。
 かつ、宗太は彼女の友人である羽月にとっても大きな存在(に映った)。
 それだけなのだと感じてしまった。
 宗太が彼女を求め、彼女が宗太を振り回すのは『気分がいいこと』なのだ。

 ――彼女は幼いのだ、と。

 おっぱいは揉みたい。
 キスもしたい。
 おちんちんもカチコチに勃起している。

 しかし、だ。

 ――付け込むような真似をして欲望を発散するのは男として違うんじゃないかな?
 そう思ったんだけどどうなんだろう。

 臆しているわけでは断じてない。
 相手が国を買えるレベルの女でもパン屋の娘でも、アイドル声優でも、宗太にとって価値の差はない。
 可愛きゃ可愛いし、おっぱいはおっぱいだ。
 揉みにいける。
 心の信号が青ならば。

「どうなさったの?」
 ならば、彼女の心の信号の色は?
 間違いない、青だ。
 自分からきているのだから、間違いない。訴訟になってもおそらく勝てるレベルだ。
 ならば宗太の心をモヤモヤと占める不安(←言ってしまった)や戸惑い、罪の意識などの一切は余計なものなのか。
 やってみてから考えればいいものなのか。

 だんだんと思考が鈍っていく。

 蓋が開く。

 普段、厳格に心を律して抑え込んでいる『欲望』が溢れ出る――

「きゃんっ!」
 宗太の指に敏感な部分を求められた彼女はか細い声を上げ、しかし、頬を染めて俯いただけ。
 完全に許している。
 期待している。
 私の熟れた身体はあなたのものになりたがっていて、普段、下着に隠れている部分を覗き込んで欲しい――
 隅々まで価値を確かめて欲しいと!
 完成された美貌を持つ時代のヒロインは、宗太にすがりついている。

 ――何に悩んでたんだっけ?
 自らの魔力に囚われた、今の宗太には思い出すことができない。

「わ、わわわわわ、わかってるね!? キミが誘ったんだ。俺は一度、諦めようとしたのに……
 そ、そういうのってかえってそうなっちゃう。燃え上がっちゃうから。
 つまりキミは俺の幸運の青い鳥で、一度は諦めた上で手に入ったからこそワクワクが加速しちゃうんだ」
「ええと? あ、青い鳥……私が。まんざらではありませんわ」
「脱がすからね!」
「脱っ、こ、こんなところで。もし誰かに見られたら……」
 プリッとした冗談のような弾力を帯びたお尻を宗太は鷲掴みにし、力任せに引き寄せる。
 ぶつりと頭蓋の内側で何かが弾け飛ぶ。
「言うことを聞けない女の子は嫌いだ! おっぱいを揉んだり吸ったりするって言ってるわけじゃないんだよ。
 ただ、見せるだけのこともできないなんて幻滅だ。まあ、結果吸うは吸うけど!」
「強引な方。そ、そうまで仰るのなら、いちいち断りなど入れずに攫ってしまえばよろしいでしょう」
「拗ねた顔も可愛いね」
「や、仰らないで」
「どうして下を向いちゃうんだ? そ、それじゃあ、キスできないだろう。困らせるんじゃない」
 ボタンが外れ、ブラウスの内側から覗いたレース生地の色は薄い紫。
 好奇心と清楚の絶妙なバランス感!
「本当に、ぬ、脱がせてしまいますの? 私……ああっ♪ やっぱり恥ずかしい。
 せめて、ちゃんと隠してください」
「お断りだね! ち、ちちちち、乳首、乳首見せろぉーーーーーい!!」
 自覚のないまま渦巻くように溢れ出た『催淫』の魔力の中心に立つ二人の瞳に、もはや理性の色はない。
「待って、そ、それよりね先にキス、く、区切りを……私達の始まりの合図をちゃんとぉっ!」

「『剣の姫(ソードマスター)』っ!!」

 ドゴゴゴコゴゴゴゴゴ!
 とっさに身を引いた二人が立っていた空間を射抜き、穿とうとしたその『弾丸』の正体は、その辺りにいくらでもあるただの土。
 握り締め、魔力(と殺意)を込め、投擲する。
「メイちゃん、もっといる? 泥団子だったら、まだまだたーんとあるよ」
「狙いが甘いですよ羽月さん。眉間です」
「わかってるわよ! ちょっと遠いの、距離詰めるわよ」
「わかってるって仰りました? 殺す気ですの? だ、だいたい、あなた方は確かに私の『餓鬼玉(ムサボール)』で……」
 バコン!
「ギャン!」
 羽月の手を離れた時点で、泥団子に込められた『斬』属性は粗方消失しているのだが、それでも威力は充分。
 後頭部に直撃を食らい(魔力を維持していたら即死ものである)魔力の放出が止まると同時に、精神も限界を迎えたのだろう。
 ぐったりと、宗太が華世の胸元に崩れ落ちる。
「……どうして」
「バカね。あんたのちんけな『呪い』のからくりなんて、こっちはとっくにご承知なのよ?
 簡単に対策できるに決まってるじゃない」
「制約を解きましたの? 突き止めましたのね……豚骨ラーメンを」
「学食が近くてよかったね? 辛い戦いだったよ」
「そう? 余裕よ。『餓鬼玉(ムサボール)』は一度、自分の中でイメージを作り上げなければいけない。
 つまり……その気がないものを制約にすることは不可能。
 あとはあんたの好みとシチュエーションを総合的に推理するだけ。簡単すぎたと言っていいくらい」
「そんなにも私を理解していただなんて……」
「張り倒すわ」
「生半可な謝罪では済みませんよ。私達はともかく、会長の顔を立てるという意味で」
「その建前、まだ続いてたんだね? ももちゃん」
「建前とかではありません」
 気付けば、さっきの邂逅では今ひとつ存在感のなかったおかっぱ少女の耳からも狐耳が生えていた。
 パチパチと周辺の空気を危険に爆ぜさせる、この熱と圧は彼女から放たれているもの。
「いい? 杭杉田さん。魔法少女はそういうのじゃないの。正義とか勇気とか、友情とかがエネルギーなの。
 私欲に走ったりエゴなところを見せられちゃうと視聴者は困惑するんだよ」
「あなた方にエゴがないとでも?」
「ないわよ。散々、小春のためだって言ってるでしょ!」
 貫き通す強さ。
「とりあえず確保。あとは部室に連れ戻って石を抱かせて、膝の上をグリグリ踏んでから後のことを考えるわ。
 言っておくけど抵抗するようなら――」
「危ない!」
 不意の、全くの死角から羽月の背中を狙った魔力球への対応は、『嫉妬』の魔女が一番早かった。
 魔力球と炎、異なる二種のエネルギーの衝突。
 ドオオオオン!
 大きな爆発と炸裂音にビリビリと空気が震え、場の全員が身構える。
 そして、華世の腕の中で一匹のバカにモゾリと動きが。
「誰? ……まさか、ひつじ仮面とか」
「お嬢様! ご無事ですか」
 一斉に茂みや木々の裏から飛び出してきたスーツ姿の女性達に、羽月と雫、みおまでがコピペじみた渋面になる。
「女の人がいっぱい出てきたよ」
「あいつら、杭杉田の私設アサシン部隊ね? 標的を殺した数で出来高払い。殺しの愉悦以外の全てを捨てた連中よ」
「知ってる感じでウソ言うのやめていただけます? 私どもは……」
「よくわかりませんが燃やしますね?」
 よほど、アサシンの目つきである。
「あなた達! ま、まさか、尾行していましたの? 私に断りもなく。そう、そういうこと……
 大方、私のことが心配で堪らないお父様やお母様の差し金でしょう」
「いえ、私どもはお嬢様の初めてのアオハルを応援すべく――」
「嫌よ、嫌。私は戻りませんわ!」
「ねぇ、メイちゃん。杭杉田さんはどういう人なの?」
「バカよ? みおとどっこい」
「やいのやいの言わないで。あなた達がどんなつもりでも……」
 腕の中でもぞもぞと宗太が身じろぐ、無視できないまでになった反応に華世が言葉を切る。
「ここは? 俺は一体……確か俺は、そう、世界に全てを許されたような無敵感が……確か、時間停止の能力を習得したりとか?
 幸福感と、やりきれなかったという少しの悔しさが残ってる……」
「目が覚めましたのね? 早く。私を攫って逃げて」
「映画みたい! す、すいません、ちょっと待ってもらっていいですか。イマイチ記憶が定まらな……すっげぇ美人!」
「いいから!」
「いや、よくないでしょ」
 羽月の冷めたツッコミを無視して、華世は宗太の手を取り走り出す。
「お父様やお母様がなんて仰っても引き下がる気はありません! 私は私の道を走り出しましたのーーッ!!」
 それが、場に残した最後の言葉。
 もう一人の「ちょっと待って」とか「何?」という声はもう少し長く届いていたが。

「わかっていますね? 皆さん。なるべく穏便に、この方々には華世お嬢様への介入を諦めていただきます」
「ほら出た。これが経済ヤクザのやり方よね? 楯突くヤツらはみんなコンクリってことよ」
「こ、コンクリ? みお、そんな物騒な世界への免疫がないよ」
「安心なさい。私を誰だと思ってるの? 全員砂にしてやるわ……雫!」
「はい、この場はお任せします」
「あんたも戦うの! みお、あんたが杭杉田さんを追って」
「追いついてもパーンってされちゃうよ! その計画には無理があるよぉー!!」


-路地裏-

 どこをどう走ってきたのか――
 土地勘のない華世が宗太の手を引いて走ってきたため、住宅街は住宅街でも、地元育ちの宗太にとっても馴染みのない区画に二人の逃亡者は立っていた。
 乱れた息を整える間も、お互いの視線は意味深に交錯する。
「あ、あのぅ? もしかして俺、またやらかしちゃったでしょうか」
「あれだけのことをしておいて、記憶はないと仰るの?」
「二人の俺がいると思っていただけませんか!?
 俺Aは好奇心が先行してる無垢な男子、俺Bは道なき道を切り開く勇敢な剣闘士。
 ジキルとハイドみたいなね。伝わりますか? イメージが」
「どちらも同じあなたでしょう」
「なんですけど。夢から覚めたような感じ? こうしてる間にもどんどん記憶が曖昧になっていくような」
 華世は怒りを見せていないが、砂団子を投げつけられたり罵声を浴びせられたりしているのだ。
 宗太としても色々と察しはつくというもの。
「心配いりませんわ。お父様やお母様が何を言ってこようとも、たとえ世界が私達を否定してもそれは同じ。
 私は私よ? あなたもそうでしょう」
「えーと?」
「私が欲しいのならそれくらいの覚悟が必要ということは、わかっていたはずです。
 尻込みするあなたではないでしょう?」
「そ、それは、そうなったらということであれば? 誰に邪魔されようが俺は愛を貫きますけれども?」
「……ええ、そんなあなただからこそ私は」
「一回たんまで!」
 それは、宗太が初めて示した覚悟。
「温度差をすごい感じるんですよね!? お、俺、ごめんなさい」
 男としてかなりダメな部分をさらけ出すという勇気。
「人生丸ごと捧げられるまでは、ま、まだというか、キミのこと好きじゃないかも!」
 勇者誕生である。
「あ、あなた、この期に及んで……」
「予感も可能性もありますよ? 可愛くて美人だし、おっぱい大きいし、なんか俺に優しいし、微笑ましいとこあるし。
 でも、あとは冥堂のことが大好きってことくらいしか知らないので!
 考えてみてくださいよ、お、俺達、知り合ってまだたったの1日なんですよ」
「たった1日どころか、一目見たあの瞬間から獣のように求めてきたのはあなたでしょう?」
「違うんだよなぁ~。オッ可愛いなっていうのと、あわよくばアレコレっていうのと、あなたの人生丸ごと引き受けさせてくださいっていうのは、それぞれ別なんだよなぁああぁ~」
 間違いない。
 だが、間違いなくこの場で華世が聞きたいことではない。
「わ、私がガッツキすぎと……き、距離感を間違えていると! そういう意味ね。ぶっちゃけ重いと仰りたいのね」
 概ねそういうことなのだが、さすがに頷くことは躊躇われる。
 宗太はそんな顔だ。
「誤解しないでね? 今、白黒を決められないだけで素敵な予感みたいなものは確かにあるんですけど!
 なんだろうな~、急すぎちゃうんだよなぁ~。
 仮に空からシ○タが降ってきたとして、一緒に全てを捨ててラ○ュタを目指せる男子ってどれくらいいるのかな。
 学校とか会社とかあるんですよ? それはシー○が可愛いのとは別の――」
「…………………………」
「伝わり辛いですか!? ポ○ョ? ポニ○でたとえましょうか見てませんかねっ」
「あ、あなたがわかりません。求めてきたかと思ったら突き放したり、かと思えば色気を見せたり……」
「全部本音なんだよなぁ~」
「よくも私の名誉を傷つけましたわね? 戦争ですわ。あなたの両親の店の周りをウチのグループの店で囲みます。
 餓えて死んでから後悔なさればよろしいのよ」
「それが本性か!? チキショウ、似た者同士め。冥堂の生き写しだな、そっくりさんめ~ッ」
「私が一位で彼女が二位です」
「知るかああぁぁ!」

「おお、なんか険悪だぞ。大義名分を得たな? 妹。だらしなおっぱいにも逆転の目が出てきたじゃん」
「だらしなくありません」
 声は言い合いを演じる二人の頭上から。
「今度はなんですの!?」
「……その今度こそが本命というか本丸だと思うんですよね」
「どういう意味かしら」
「だから、その声の主を探すっていう建前で俺達、町に繰り出してきたんだよね?」
 一度、面識(?)があるだけに宗太の理解は早い。
「はーーーっはっはっはーっ! のこのこ現れた杭杉田のお嬢様に、ご挨拶しに来たよ。
 あなたにとっていい出会いにはならないだろうがね」
「そういうのいいから。サッとね? サッと」
 宗太と……未だ理解に至っていない華世が塀の上を見上げるより一瞬早く、虹色の光が弾ける。

「「――魔転身(デモントランスファー)」」