スタッフ日誌

初情スプリンクル公式SS第2話<近江谷宥>

2019.05.21 UpDate

7月3日-聖礼学園ラーメン同好会-

「私ですわ!」
 転校初日の通例行事とはいえ、再三、自己紹介を強いられてきたことでそろそろ飽きが見え隠れしていた。
「――はい注目、ということで杭杉田さん。冥堂のお友達らしい」
「それっぽい雰囲気出てますね」
 魔女対策はともかく、たまり場としてはすっかり定着したラーメン同好会兼魔女狩り部の部室に、部員と魔女と、魔女見習いの陸上部員がそれぞれの反応を見せる。
 概ね、ああ、いつものこの感じねという風だった。
「本当の意味でのお友達には、あと一歩というところかしら羽月さん。そうでしょう?
 白黒がついたその時、初めて私達は本当の意味での友情を手に入れるのです」
「よくわかんないけど、完全に売ってきてるわね?」
「二人の間に温度の差を感じるのは俺だけかな。なんかハラハラする」
「優しいのね? 好きよ、そういうところ」
 芳しい……と称するにふさわしい匂い立つような笑みを浮かべ、華世は宗太の肘に手をかける。
 その手の動きに眉をひそめたおかっぱ頭が約一名。
「それで、ええと? すいません不勉強なもので。淫売の魔女さんでしたっけ」
 ラーメンの妖精の異名を持つ『嫉妬』の魔女。百々咲雫の棘のある声に華世が向き直る。
「物を知らないあなたに教えて差し上げます。私こそは日本の食を担う、いいえ、がっつり司る『暴食』の魔女! 
 食べて痩せるでお馴染み『Kuisugi-zap(クイスギザップ)』創始者にして、飲食業界の巨魁『KUITAs(クイタス)』の次期総帥。 杭杉田華世その人ですわーっ!!」
「二回目の自己紹介をしたよ」
「めっちゃマウント取りに行くスタイルよね、あの人」
「友人であるキミそっくりだよ、冥堂さん。二人の間に確かな友情の糸を感じるレベル……げ」
 しまったという顔で宗太は息を飲み、沈黙する雫を振り返る。
「お、落ち着け、百々咲。揉め事はやめような? これでいて華世さんは無類のラーメン好きとしても……」
「……すごい」
 普段は感情を表に出さない後輩の目に星が瞬いていた。
「『ラーメンせんだがや』ですよ? 先輩」
「えーと?」
「だいぶ前、一緒に四軒茶屋まで食べに行ったでしょう? 先輩もおいしいって言ってたじゃないですか」
「ああ、あのめっちゃ歩いたとこな。うまかったうまかった」
「今は歩きません! 何故なら『KUITAs(クイタス)』傘下に入って、店舗が一気に増えたから! なんと空港にまで。
 日本の窓口にあのキリッとした醤油ラーメンが君臨する安定感……ッ!!」
「勉強熱心な方ですわね。見直しました」
「ラーメン大好きです」
「断然、可愛らしく見えてきました。あなたお友達にして差し上げてもよろしくてよ?」
「ぜひ!」
 固い握手。
「私の一勝というところかしら? 幸先いいわ」
「友情を勝ち負けで語るってどう思う? お金で買うのと変わらないわよね」
「キミも似たようなことばっか言ってるよ。自分の方が偉いとか」
「私のフォロワーってこと? 残念な杭杉田さん」
 これに関してはどっちもどっちだな……と、宗太は内心で。
「杭杉田さんはお金持ちな人なのかな」
「そこの話題に周回遅れ気味のちんまい方もラブリーですわ。そうね、お金持ちというよりはお店持ちかしら。
 今日、来る途中に見かけたところだと『快楽亭』とか『唐揚げクイタロー』とか」
「おー。みおもクイタローはよく行くよ。部活帰りとかね? 運動の後はおなかが空くから」
「優待券を差し上げます」
 常に準備しているのか、手帳ほどの分厚さの優待券を取り出す華世。
「二勝?」
「あんた、本当にあの頭の中がスパークしてる人と親密な仲になりたいの? 大怪我するわよ」
「今のところ悪印象は全くないんだが。多分、お前とかで女性に対する経験値が跳ね上がったからかな?」
「お前って呼ばないで」
「では、ラーメンで乾杯します?」
 手際よく人数分のカップラーメンの支度を始めようとする雫を、華世は手で制する。
「ご相伴に預かりたいのですが、そろそろ時間も時間ですし? ここへは確認のために足を運んだだけですから」
「確認って?」
「何分、右も左もわからない新参者でしょう? 私を取り巻く環境、特に人間関係は正しく把握しておく必要があるかと思いまして。
 この中に、こちらの神島宗太さんに特別な気持ちを抱いている方はいらっしゃいますか」
「…………………………」
 不意の沈黙。
 視線による牽制。
「……ごくり」
「ごくりじゃないわよ。何、はらはらしてんのよそこのスケベ男子。あ、あんたなんかに……と、特別な感情?」
「殺意のことですか」
「ああ、そういう? そういうねー」
「行こうか杭杉田さん」
「何、ツンとしてるのよバカ。そういうのは身から出たサビっていうのよ?」
「本当ですよ。年中、盛りのついた犬みたいに見境なく女の子のお尻を追いかけ回して……
 挙句の果てにロクでもない魔法まで身につけた今や、もはや先輩の存在そのものが天災ですよ」
「結構、概ねわかりましたわ」
 なおも興奮する魔女二人を軽くなだめてから、華世は嘆息。
「罪な方ね、あなたって。それくらいでなければという気もしますが」
「みおはなんでもないですよ?」
「は、って言ったら他の面々は何かしらの感情が燻ってる感じになるじゃない。そういうニュアンスに配慮して」
「神島くんは時々、人の趣味とか生き方に対してデリカシーのないこと言うから。みおはないです」
「なんの話?」
「ところで宗太さん? 関係者はこの方々だけでしょうか」
「あと一人いるけど今日は生徒会かな」
「わざわざ問い質しに行く必要はないかしら? この場にいないというのはその程度ということですものね」
 その声に反応して、部室のドアが苛立たしげにカタンと鳴ったのだが気付く者はいない。
「さ、参りましょうか」
 肩にかかった髪を払う。胸を逸らす。腰に手を置く。
 一挙手一投足から誰かのお株を奪う傲慢オーラをにじませ、仕上げとばかりに華世は宗太の腕を取る。
「私達二人の大切なお友達である羽月さんのピンチですもの、支えて差し上げなければ」
「頼んでないんですけど。ていうか、素人の勝手な行動とか普通に迷惑なんですけど」
「野暮ですわよ、羽月さん」
「……ところで、質問に質問を返すようなのですが」
 先のテンションはどこへやら。やぶにらみで、雫は口を開く。
「杭杉田さんにとっては、そこのエッチな先輩はどういう存在なんでしょうか」
 待ってました、という笑い方。
 華世は傍らの宗太に目配せして、頬をバラ色に染める。
「彼は私に吹き込んできた清涼な風で、宝箱なの。うふふ♪ あとは秘密よ」

 面々を残して華世が宗太だけを連れて部室を出ていってから、数分後――
「わかった? あれが杭杉田さんよ。バカなの。見た目で騙されがちなだけで中身は理性がぶっ飛んだバーサーカーよ」
「お友達なんですよね?」
「面識はあるけど。逆にそんな私だから杭杉田さんの本質を見抜いてるってことで受け止めて」
「それで、そのセレブバーサーカーさんが先輩をどうしてくださるんですか」
「多分、繁殖狙い? 彼女は本能の獣なの」
 テーブルを囲む全員の面持ちが、また一段階真に迫ったものに変わる。
「相手はスーパーセレブですよ? 性欲しか取り柄がないような先輩と、まさかそんなことに……」
「甘く見ちゃダメ。彼女はその場のノリで生きてるの。それと、よくわかんないけど私に対して勝ち誇るのが趣味なのよ。
 そのためだったら宗太も抱くし、山をも拓くわ」
「どれだけの恨みを買ったら、そんなライバルが誕生しちゃうんですか」
 お互いがお互いを煽るようにして、落ち着かない素振りを見せ始める二人。
「どうするの? ももちゃん、メイちゃん」
 気遣う、未来の魔法少女。
「どうって何がですか。わ、私は別に、これといって二人の動きに対してどうこうっというのはないですけど」
「そんなの言ったら私も同じだけど」
「小春さん、今日はどうしちゃったんだろうね? こんな時こそ……」
「「それね(です)!」」
 声が揃った。
「私はどうでもいいけど、このまま宗太をほったらかしておいて万一のことがあったら小春がほら? 癇癪起こすから」
「お目付け役みたいなことですね。まったく、どこまでも世話の焼ける先輩です」
 席を立ち、ドアに向かうまで要した時間は2秒。
「行くわよ! みお」
「色々言いたいことはあるんだけど、えっと。それ、みおも行くの?」
「行くの! 自覚して。小春の代わりよ」
「そんな大役、みおにはとても務まらないよ……」


-美術室-

「おねえええええぇぇぇちゃああああぁぁぁぁ~~~~ん!!」
 勢いよくドアが開く音に、呼びかけられた本人の胸元で亀が首を伸ばして反応する。
「新たな刺客が! なんだかそうちゃんと距離が近い美人の魔女さんが! 部室でも、ウフフすでに彼の心は私のものですわよウッフンみたいにもう嫌あぁぁーー!!」
「お前は物事を説明する気があるのか」
 無論、ドアが開いた瞬間この美術室は『彼女』によって、人避けの結界が張られている。
 花房早希――
 蔵荒らしの賊として(本人のつもりはどうあれ)魔女業界で売り出し中の注目株だ。
「侵されるぅ。平穏で穏やかでいい匂いがする、幸せな姉ゾーンがひび割れていくうぅ~っ!」
 と、花房小春は滂沱。
 何かと不憫な妹であり姉であり、ひつじ仮面二号な人である。
「把握してるよォ。杭杉田さんだろ? よりによってあんな大物が、なんで介入してくるかね。
 町でも杭杉田さんとこの武闘派が血眼になって、あたしのこと探してるよ」
「すごい美人だった。庶民派のわたしとは毛色が違いすぎちゃう。それは三毛猫とペルシャ猫の差でわたしの劣等感が刺激されるの」
「お前、いつの間に宗太に対してそんなんだったん? さっさと告っちゃえよ」
「簡単に言わないで。続いてきた関係を変えるって簡単じゃないのよ? 心地よい距離感に染まってる部分もあるし」
「乙女ぇ~」
「茶化さないで!!」
「たりめーだ。冗談じゃないんだぞ? いいのかお前、ある日お姉様が川に浮かんでもいいのか?」
「ヤクザなの? ダメよ。お姉ちゃんはお姉ちゃんとして、反社会的勢力な人とそうちゃんの交際は認めません。
 うんうん。これって立派な大義名分よね」
「なんでもいいけどさ。この状況を放置すんのは、マジやばいね。
 あの人達って呪術師の家系じゃん? ただでさえも探索系とか占いとかは得意分野なんよ。
 一番ヤバいとこが介入してきちゃったわって感じ」
「お姉ちゃんはそういう情報をどこから仕入れてくるの?」
「のほほんとすんな。このままじゃあたしもお前も磔獄門で火炙りだぞ?」
「なんで私まで。全部、お姉ちゃんのせいでしょ? 嫌がってるのにわたしのことまで勝手に駆り出――」
「さっさと杭杉田さんを追い払おうゼッ!」
「いえーーい!」
 ぱちん、と姉妹の手の平が交錯する。
「でも、手はあるの? 人が死んだり怪我したりはちょっと困るわ。お姉ちゃんとして守りたいものがあるの」
「その辺はこの姉に任せとけって。さ、追おうぜー」
「うーーーん♪」


-聖礼学園校門-

「な、なんだ? 背中にゾクッときた」
「あら、また魔力が疼いてしまいましたの? 元気が有り余っていますのね宗太さん」
 校舎を出て校門に向かって何歩も歩かないうちに、華世はさらに数歩、お互いの距離を詰める。
 時間は放課後になって間もない上、活溌に人が行き来する校門前だ。
「でも、ダメよ。より深くわかりあう前に、私達はまだまだもっとお互いを知る必要がありますもの。
 たとえば主義や信念、好きな音楽……」
 あらゆる方向から注がれる不躾な好奇の視線をむしろ楽しんでいるかのように、華世は微笑みを崩さない。
「あなたが知りたいことはなぁに?」
「週に何回くらい自分で――」
 ここに羽月や剣呑な後輩の姿はなく、つまりツッコミ役は不在だ。
 ギリギリでそのことを思い出し、宗太は口ごもる。
「すぐに赤くなってしまいますのね? あなた」
 華世の白い指が、宗太の頬をくすぐるように撫でる。
「女性の扱いに慣れてないように見えるかもしれないけど、そうじゃなくて? ま、まだ、夢みたいで……
 あるいは心が追いついてきていない?
 お、男って案外、デリケートであらゆることに理由を探すものだからッ!」
「つまり、こう仰りたいのね? 何故、私があなたに好意を見せるのか理由がわからないと」
 むにゅりと豊満なバストが腕で潰れる感触に、宗太の背が伸びる。
「そんなものは言葉で説明したところで、ああ、そういうものかって受け止められるものではないでしょう?
 くだらないことで悩むより、私をその気にさせてくださいな」
「そ、その気に……」
「営業ということよ。前のめりに食いついている客に冷蔵庫のひとつも買わせられないようでは販売員失格ですわ」
「なるほど! 社会経験豊富な杭杉田さんは、俺の一歩、二歩先をいっている」
「では、やり直しよ」
「頑張ります! き、今日1日を見ててくださいってことで、はい」
 微笑みはそのままに、華世は初めて腕を解く。
「私はそれだけの価値がある女でしょう?」
「綺麗ですしねっ? 話してみると案外お茶目というか可愛いというか……案外、人間に奥行きが?
 尻に敷かれるのって意外と心地いいものだなぁと、はい!」
「私、いつの間にかあなたをお尻の下に敷いてましたのね? 無自覚だった一面ですわ」
「……うーん、お茶目だ。隙がありませんね」
「実はあなた、女性とまともに接したことが全然ないんでしょう」
 ついに言われた。
「魔力に翻弄されていない時の本当のあなたは、私の手を取るのにもドキドキしてしまうウブな方なのね?
 それと、少しだけ尻込みしてるのかしら。
 その理由が、さっきの女の子達じゃなければいいのだけど」
「あはは。あいつらは俺のことなんて喋る子犬くらいにしか思ってないよ。そのくせ、ペロペロしようとすると怒るんだ」
「あ、バカですのね」
「ご、ごめん、え? 今、ちょっと流れにそぐわない意外な言葉が……」
「バーガーが何か? 目がありませんの」
「マジすか、アメリカンですね。流れにはそぐわないですが」
 そこで初めて、さっきまでの『固さ』が自分の中でだいぶほぐれていることに宗太は気付く。
「杭杉田さん話しやすいかも。緊張してたのに、気付いたらなんか色々しゃべってた」
「またひとつ私のことを理解しましたのね? おめでとう。でも、話しやすいのは当然ですわ」
 ふと、華世はつま先立ちになった宗太の耳に唇を寄せる。
「あなたに話させよう、あなたを知ろうと一生懸命頑張っているのですから。
 その気がなければ伝説の蛇女みたいにあなたを石にしてるところです」
「……結婚します?」
「検討します」
 言わば小春の無条件のものとは違う、やや攻撃的で勝ち気な包容力。
「あ、あのですね? 今更、笑われちゃうかもしれないんですが。
 実はデートの経験があんまりなくてですね。
 違うか、デートとかじゃないですよね! よぉし、頑張ってひつじ仮面を探すぞ」
「デートです」
「あんまり経験ないんで腹芸なしで行きたいところとか教えてくださぁい!」
「困らせるつもりはありませんわ。もちろん――
 っと、ごめんなさい。ここで待っていてくださる? すぐ戻りますから」
「ええ!? ちょ、杭杉田さん――」
「いい子にしていますのよー」
 小さく手を挙げ、華世は一人で校舎の方向へと戻っていく。
「勃起してる、か。とんでもないタマだな……俺に乗りこなせる女かどうか」
 風が吹く。
 股間の辺りをニギニギソワソワしながら校門前に佇むバカを、だいぶ迂回して同居人の少年が気配を殺しつつ避けていった。


-聖礼学園校舎裏-

「確かだってば。魔力の気配はこっちに続いてるの」
「校門の逆方向じゃないですか」
「この先なんて、なんもなかったわよね? いきなり人気のないところに誘うとか……ほ、本気でそういうことなのッ!」
「ダメだよみんな。そっとしておく方がいいよ」
「はあぁ? みおそれ、小春を前にしても同じことが言えるの」
「本当にそうですよ。もうちょっと会長の気持ちに立って物を考えてください」
「責任転嫁がすごいよ」
「シッ。一応、黙って。万が一にも勘付かれたら逃げられる可能性も……」
「あなた方が追いかけている『二人分の魔力』は、先ほど私が放ったダミーですわよ?
 まんまと騙されてくださってありがとうございます」
「杭杉田さん!? まさか――」

 不意を打った私の声に皆さんはそれぞれの対応を取ろうとしたようでしたが、あまりにも遅い。
「『餓鬼玉(ムサボール)』!」
 練り上げた飢餓の呪いがお三人の無防備な心を捉えた、確かな手応え。
「うわああああああ!? お、おなかが……えぷ、何これえぇ、おなかが空きすぎて吐き気がするよおぉ~」
「みおさ……く、ら、ラーメン? 違う、こ、これは一体、何腹……」
 場に倒れ伏すお三人――
 特に私の大切なお友達の悔しそうな姿を見下ろす、今のこの気持ちを何に例えればいいかしら?
 天使達の演奏会?
 あるいは、満漢全席? 全身全霊で飲茶った後の幸福感も、これほどではありませんわ。
「ま、待ち伏せですって? 姑息な真似をかましてくれたわね……」
「コソコソと後を追おうとしていたのはあなた方でしょう? どうせ、邪魔をするつもりでいたに決まっています」
「義務感よ。小春のためにわざわざ……くっ、あああ、おなかが死ぬ、毛穴がすぼまる、辛すぎて声が上手く出ない……」
「ひどいぃ~、こんなの正義の魔法少女がやることじゃないよぉ」
「正義とは勝者が決めるもの。この場における勝者は私ですので、悪しからず」
「ちょ、ほ、本気で放置していく気? えぷ、洒落じゃ済まないわよ……」
「……お友達じゃないんですか」
「私が考える友情とはこのようなものです。あなたも同じでしょう? 羽月さん」
「なんの、こと……」
「勝たせていただきますわ! では、おなかペコペコですのでごきげんよう」
「前から言いたかった、けど……私、あんたのことなんて別に、と、友達……とか……がくっ」


-聖礼学園校門-

「ごめんなさいね? 少しお待たせしてしまったかしら」
 別れたあの場所から、おそらく一歩も動いていない。
 忠実なワンちゃんのように可愛らしく待っていた私の素敵な宝箱に、追いついてすぐに腕を絡めた。
「あ、あの、全然ですよ? 嫌じゃないんですけど。杭杉田さんはアメリカ育ちとかで……」
「いえ、都内です」
「ですよねぇ? に、日本の西欧化ってヤツですか。腕くらいは普通ですよね」
 照れながらも彼の肘は私の胸元に関心を示して、さりげなくでもなんでもない露骨さでグリグリと抉ってきていた。
 もちろん、許し、受け入れます。
 こんなにも寛大になれるのは、やはりこの方が私にとって特別な――
「と、ところで、用事なんだっ……な、なんでもないです!? ありますよね人間だったら誰でも、生理現象ですもんっ」
 なんておバカなのかしら。
「違います。こういう恋人同士の待ち合わせみたいなことを、ぜひ一度やってみたかったの」
「恋……っ!!」
「気分が出るでしょう? それとも、私だけかしら」
 ぶるぶると首を振り、彼はシャンと背中を伸ばす。
 隣で見ているこちらまで緊張してしまう。
(これから、デートしますのね? 私……)
「それじゃあ、そ、そうだな、駅前の方にでも行ってみましょうか?」