スタッフ日誌

初情スプリンクル公式SS最終話<近江谷宥>

2019.06.07 UpDate

7月15日-花房家リビング-other side

「たっだいま~♪ つってね。はーひさしぶりの我が家は空気からしてうんまいわい。
 つか、答え合わせが遅いよ~? 気付くでしょ普通すぐ。
 このままじゃあいつ死んじゃうんじゃね? とか思ったからね普通に。
 わざわざ顔出してネタバレすんのも恥ずかしいし。最悪、お姉様が直々にキッスしてやろうかと……」
「お姉ちゃんたらもうこのこんちくしょおおぉぉーーー!!」
「うわわわわわ」
 稀代の天才魔女も、フライパンを構えた妹相手では分が悪い。しかもフルスイングだ。
「お姉ちゃんの悪ふざけのせいよ!? そうちゃんの初めてのキスが……粘膜接触まで果たした節が……
 も、もう、どうすれば、コヒュッ、わたしめまいが止まらなくて~」
「お、おい、元気出せよ」
 すでに何発かフライパンをもらっているので、さすがにノリがいつもより慎重である。
「あの流れなら単純な杭杉田さんは宗太にがっつり惚れただろうし、すぐかな? って思ったんだよね。その場で? くらいに。
 で、娘が傷物にされた~ってなれば杭杉田家カンカンって筋書き? あそこ子煩悩で有名だし。
 上手くいけば羽月ちゃんとこと揉めるとか、杭杉田一族が今回の件から手を引くとかになるかなって」
「そうちゃんの唇を安売りしたのね」
「目が怖い」
「時計の針は戻せないし、失ったものは取り戻せないのよ? お姉ちゃんはこれから姉としてどう接していけば……」
「呪い絡みのキスなんか事故みたいなもんだろ? これから、これから」
「ムキになれっていうの? そんなの、そうちゃんを困らせちゃう」
「いいのいいの。せっかくのそういう時期だろ? 青春しちまえよキミ達は。
 些細な亀のこととかどうでもよくなるくらい」
 さりげなく妹からフライパンを取り上げ、早希は笑う。
「杭杉田のお嬢様もすっかりその気みたいだし」


7月17日-杭杉田華世自室-

 学生社長の朝は早い。それはもう、とんでもなく。
 5時には起きて前日夜までの報告を全てチェックし、返事まで済ませてようやく朝食。
 献立は自社の試作品を試すことが多いですわ。
 ナッツ類やスムージーなどで効率よく栄養補給を済ませたら、ホームジムでじっくりと汗をかきます。
 健康とはこうしたたゆまぬ努力の積み重ね。近道などはございません。
 どうしてもという方は私ども『Kuisugi-zap(クイスギザップ)』へ是非。3ヶ月20万円のコースで、あなたを理想の体型に仕上げて差し上げます。
 維持については管轄外ですが。
 さて。筋力トレーニングとエアロバイクを済ませた後は、二度目の朝食です。
 ガッツリいきます。だってお昼まで持たないでしょう?
 そうこうしているうちに、7時半。
 シャワーを浴びてお気に入りのボディソープで肌に磨きをかけたら――


-神島家リビング-

「おはようございます宗太さん!」
 今日は少し出遅れてしまいましたわね。本当はお部屋に起こしに伺うのがベストだったのですが。
 リビングには彼を囲むようにして、羽月さんと小春さんと……。
 あら? 刑部さんは食事を途中で切り上げてそそくさと席を立ってしまわれましたが。少食なのかしら。
「毎朝、毎朝。杭杉田さんってもしかして超がつく暇人なの?」
「あなた方も毎朝いらっしゃるでしょう」
「違いますぅ。部外者の杭杉田さんが毎日ここにいるのと、姉のわたしがそうちゃんをちやほやするのは別のことです~」
「これもしかして、ケンカはやめて俺のために争わないでみたいなやつじゃない?」
 何故、そういうことをわざわざ言うのか。
 ほら、羽月さんがむっつり顔で箸を構えて……。
「ギャーーーーーーーッ!!」
 ほら、グサーッですわ。さすがに自業自得です。
 そんなの言わずもがなでしょうに。
「まったく、こんなバカバカしい日々がいつまで続くのかしら?
 いつかだってせっかくひつじのヤツが尻尾を出したのに、まんまとかまされて終わりだったし。
 本当、私と私以外のスペック差が深刻だわ……」
「あなたもまんまと逃したと聞いたのですが? それで当家に救援要請が来たのですし」
「あれは不測の事態? みおがいたのと、雫が暴走したせいだから。私はむしろ混乱した状況を上手く収めたわ」
 言いながらも、彼女はカッカッと小気味よく箸を口に運び続ける。
 さすが、私の大切なお友達でライバルですわ。
「足を引っ張るくらいなら、いてくれなくていいのよ?」
「キミは本当に言葉がキツいよね」
「いいの、宗太さん。私は気にしていませんわ……彼女だって女の子ですもの」
「なんかよくわかんないけど殺すわね」
 わからないはずがない。

 だから、私は悩んだのよ? いっぱい悩んで、一度は身を引くことまで考えた。
 そんな私に勇気をくれたのもまた、彼女だった。
(「どっちがつえぇーか」なのでしょう?)
 譲り合うなんて友情じゃないって、とうの昔にあなたが私に教えてくれていたのですもの。
 今更、撤回なんてさせません。
 そうやってケンカしたり張り合ったりしてるうちに、私とあなただって本当のお友達に近づけるかもって思う。
 幼い私達を彼が見届けてくれるかもって思うから。

「そういうところよ? そうちゃんは自分の凛々しさや気高さ、他人を惹きつけるカリスマ性を自覚してくれないと。
 そうちゃんの本質は勇敢なるマサイの戦士なの。
 コミュニティの頂点で、誰もがそうちゃんという傘に入りたがるのよ~」
「き、局地的一夫多妻制!? マジかよ。愛する妻達のためなら、ううむ……ライオンとだって戦える気持ちになってきた」
「今、アフリカではライオン殺すと捕まるのよ。自衛でも」
「なぶり殺しってわけですか。ライオン野郎は法律気にしてくれないんですよ?」
「すでに視点がマサイのそれだもの~」
 本当にエッチで、呆れるくらい自分に正直で。
(フラフラしすぎなのですわ。私だけに目を向けさせるのは生半可なことではありませんわね……)
 私にとって初めてと言ってもいい、思い通りにならない不確かなことにドキドキできてるのが不思議。

「あれぇ? ももちゃん。神島くんのこと迎えに来たの?」
「みおさんこそ、全然そんな気ないようなことを言っててどうしたんですか」
「そんな気って? みおは昨日もメイちゃんとカヨちゃんが1日中ケンカしてたから、神島くんをあらかじめ諭しに来たんだよ」
「私もだいたいそんなですね」
 玄関からこちらに向かってくる声。
 すでにあのお二人すら、この家においてはチャイムを鳴らす必要を感じていらっしゃらないようですわ。
「身から出た錆ですわよ? 宗太さん」
「……なんのことでしょうか」
 今はそうやってとぼけていればいいのですわ。
「おはようございます。朝からちゃんとラーメン同好会の一員としての心構えで行動してるかの確認に来ました」
「食べてるかってことなら食べてないよ?」
 騒々しい、これからの私にとっては日常になっていくのだろう朝。

 いつぞやの負けはとっくに撤回よ。
 だって、あなたは私の心を打ち負かしたことにまるで無自覚なんですもの。
 ここから仕切り直し。

 今日はどうしてくれようかしら?
 私はあなたの宝箱で、いずれこの輝きですっかりあなたを虜にして差し上げますわ。

 

fin.